発達障害、知的障害の子どもをありのまま受け止めたい

発達障害児の親として一番悩んだときは「うちの子、他の子と違う?」と感じたとき、
そして「発達障害の診断を受けたとき」のような気がします。

ネット上を見ると「IQ75と言われたが、学年を追うごとにIQは伸びていき、今は大学生になりましたよ!」とか、肯定的でポジティブな将来を見ることもあります。

でも多分そういう子は「最初のIQテストの出来が悪かった」だけで、基本的にIQが大きく変化することはない。とうちは言われています。

 

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「普通に育つ」ってなんだろう?

悩み相談サイトで、発達障害の親がほぼ必ず聞くことは

「うちの子は将来「普通」になることはできるでしょうか?」ということです。

 

だいたい、3~5歳で「発達障害」の診断を受けた子どもの親が質問することが多いような気がします。

まだまだ伸び代はあると思いたい時期です。私もそうでした。

 

我が子はこの4月で5年生になります。

IQは75。療育にも通っていますが、普通発達の5年生とは程遠いです。

中学を支援級にするかどうかも考えなければいけない時期に差し掛かりました。

 

そこで、子どもに聞いてみたんです。「ねえ?普通学級に行きたい?」と。

知的にも遅れが少しあるとはいえ、やっぱり普通学級を羨ましく思う気持ちもあるんじゃないかな。。そう思っていました。

 

しかし、子どもの答えは「ずっと支援学級がいい。普通学級は怖いな~」と。

 

大人の色眼鏡は外して、子どもに一番いい選択をしてあげたい

誰だって「普通学級に入り、大学進学を夢見て、いい会社に入る」将来を期待したいのです。

発達障害と言われても、どこかでそんな将来が1%でもあるんじゃないか。
そのために、今から公文や習い事に積極的に行かせて・・・。

と考える気持ちは自然だと思います。

 

それらが功を奏す子ももちろんいるとは思います。

しかしほとんどの発達障害の子は、習い事をたくさんしていると、いつか爆発する。と。

 

習い事や公文などは「発達障害」ということを基本考慮しません。

「発達障害専門」と謳ってない限り「普通の子と一緒」のことをします。

それは発達障害の子にとっては果てしなく「高い壁」なのです。

 

学校でも頑張り、習い事でもみんなについていくために頑張る。。
これでは、息の抜きどころがありません。

 

将来一人で生きていく力をつけてあげるのが発達障害の子の親の仕事なのかな?

と思います。

順番から言えば、親である私たちが先にいなくなります。

その時に、福祉の力を借りても「自立」できるようになることが最終目標だと思っています。

 

成人した障碍者の方を持つお母様が

「ずるい健常者より、愚直な障碍者であってほしい」

と書いてらしたことに、とても感銘を受けました。

 

健常者が捨てた空き缶を障碍者が拾ってるんですよ。
どちらの人生が豊かだとおもいますか?と続けてらっしゃいました。

 

障碍者だから惨めな生活しか送れない。そんなことないはずです。

私は精神障害者です。
けれども、健常者のままだったら、家庭は壊れていたかもしれません。

 

確かにものすごくつらかった。もう人生終わらせたいとも思った。

でも、私のその闘いを、家族は、特に子どもはたくさんの我慢をしながら、暖かく見守ってくれた。

それをわかったとき、健常時には気付けなかった「家族のありがたさ」を心から実感できました。

 

私は今、一番幸せかもしれない。

 

そして、この経験を、子どもがつまづいた時に、うまく伝えられることを願いながら、

子どもにとって「豊かな人生」になるために、私たちがいつでも前に出るのではなく、後方からしっかり支えられるようになりたいな。と今はそう思います。

具合の悪い時によく読みました。過ごし方など参考になりました


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